さて、おそば屋さんではどんなふうにおそばを洗うのでしょうか。今ではお店によってかなり手順も道具も違うようですが、昔ながらの方法をご紹介いたしましょう。まずはそばをお湯から引き上げる作業です。これには『あげざる』を使っていました。釜の大きさに合うように竹か柳で編まれた大きめのざるで、これを釜の中で揺らすようにして一度に釜の中のそばを全部すくってしまいます。今ではこれはステンレス製の柄がついたものが好評でこれを使う店が増えているようです。
こうして一度にすくい上げたそばは、荒熱をとるために『面水』をかけます。このとき直接水がそばに当たるとその勢いで切れてしまいますので、手に一旦当ててその勢いを弱めてから全体にまんべんなく水を当てるのです。またこの時冷水を満々と湛えた『元桶』から水をすくってかけるのに使う桶を『片手桶』といいます。
次に『洗い桶』に『あげざる』ごと移して、そばを洗います。昔はこの洗い専門の『蕎麦洗い』という職制もあったとか。そばの洗いは冷水が命ですからきっと手も冷たくて大変な持ち場だったでしょう。そしてこの『洗い桶』の冷水の中でそばはやさしくぬめりをとるようにしてしかも手早く洗われるのです。そして最後に、『洗い桶』の濁った水が残らないように『あげざる』を引き上げてから『化粧水』をかけてこの作業の終了です。
さらにこのそばを今度は『横櫃』に張ったきれいな冷水に入れます。この『横櫃』の中の水は特に気を配って常にきれいでしかも冷たい水を張っておくようにします。なぜならこれが、洗いの最終工程だからです。最高の状態で茹であげられたそばをこうして、丁寧にそして手早く洗いしゃっきりしてつるつるした食感のそばに仕上げていくのです。それは本当に無駄な動きのない流れるような作業の連続です。
さてこうして『横櫃』に入ったそばを今度は『ためざる』にといいていきます。『ためざる』は『あげざる』に較べて深みがなく、平らで、水を切るために使う道具です。この時には俗に『チョボにとる』といって、ほんの少しずつ水の中から引き上げ『ためざる』の縁に添って真ん中を広く空けるように順々にずらしながら置いてゆきます。これも最近ではなかなか見られなくなった丁寧な仕事の一つで、こうして一旦水を切りますと余計な水分が麺の内部に染み込まずにすむのです。昔は「なるべく小チョボにとれ」と注意されたそうです。
ようやく最後の『盛り出し』です。これは先ほど小チョボにとったそばの小さな山をせいろにいくつか盛って形を整える作業です。お店によってせいろに三つ盛る場合と四つ盛る場合があるようです。ならす作業のとき、つまみあげて「蠅が通り抜けられるように盛れ」といった口伝えがありますが、これにもきちんとした根拠があって、そばとそばが密着しているとそこが毛細管現象を起こし水がいつまでも滞留し麺の中に染み込むのでこれを防ぐためなのだそうです。こうして細部の細部まで気を配り、丁寧な仕事を終えたそばがいよいよ私たちの前に運ばれてくるのです。ああ、もうよだれが出そうです。