雷石

 むかしむかし、いつのころやらはっきりせんほど、むかしのこと。今と変わらぬ山あいの小さな村であったが、阿木は青野村とよばれておった。山にはでかい良木が、空をおおうばかりにそびえたっておった。山一面の大木が立ちならんでおる様は、まことに立派なもんであった。
 ところが困ったことに、夏になると毎度、毎度、夕立っ様がその大木の間をとび歩いて、雨ふらし、畠を流し、山を崩して、大暴れをするのであった。
 村の人は、今度夕立っ様がおいでたら、存分にこらしめたいが、なんかいい方法はないものかとよりあった。みんなでひたいをよせあって、ああだ、こうだと相談してみたが、いっこうに良い考えはうかんでこない。村の人達が困った、困ったと思案していると、力持の剛力がおって、
「今度、夕立っ様が暴れさしたら、おらあがひっとらえてくれるに。」
とえらい張り切りようで、手ぐすねひいて待っておった。
 その年の夏がきた。ある日、にわかに空が暗くなったかと思うと、またたくうちにまっ黒な雲があらわれ、そしてひどい雨が降りだした。雨はななめに降り、横に走り、かと思うと、地面に落ちた雨が、空まではねあがるほどの暴れようであった。その雨と共に、ものすごい稲妻が、空をかけまわった。
「そら、おいでたぞ。」
 剛力は勇んだ。待ちに待った夕立っ様のおいでだ。剛力は、ぷるっ、ぷるっと体をふるわせると、かっと目を見ひらき、口を一文字にひきむすんで、夕立っ様のあとを追いかけた。ところが夕立っ様は、なかなかすばしこかった。剛力があとを追うのでおもしろがって、うしろをふりかえり、ふりかえりしながら、広い空をピカピカ、ゴロゴロ、キャアキャアとはしゃぎまわった。どかあんと大きな音がしたかと思うと、大木がパリパリと音をたてて、まっぷたつにさけてとんだ。
「いくら夕立っ様だって、もうかんべんできん。ひっとらえてくれえずに。」
 剛力はいきりたって、腕をぶんぶんふりまわした。そして大きく息を吸いこむと、いっきに暴れる夕立っ様にとびかかった。(自由に空かけるおらあに、とびついてくる剛力は、まさかこの世にゃおるまい)と思っていたから、夕立っ様はおどろいたのなんのって。
「おいらあを、とりおさえようなんて、なまいきな。」
「なんの、おらあ、音にきこえた剛力だ。青野村の人々が困っておるに、毎年毎年、ようも思いっきり暴れてくれるな。おらあが、さんざんいためつけて、もう空にゃかえれんようにしてくれえずに。」
 剛力が思いっきり腕に力をいれて夕立っ様しめあげると、夕立っ様はひいひい声をあげて、
「すまん、すまん、すまんこってす。もう二度とこんないたずらは、いたしません、どうか空へかえしてください。」
と、ぺっこりぺっこり、頭をさげた。
「ならん、ならん。」
 剛力がいうと、
「どうかお許しを、どうか、どうか。」

 夕立っ様は、いかつい顔して、ぽろぽろ涙を流してあやまるもので、剛力はなんだかあわれになってきた。
「おらあ、許してやりたいが、許してやってまたまた、暴れだいたら困るで…、二度と暴れんという証拠になるものを、おいていけ。」
 剛力の言葉に、夕立っ様はぴたりと涙をとめて、
「証拠といっても、おらあごらんのようにすっ裸で、なんにも証拠に残すようなものがない。」
 夕立っ様は、首をひねりひねりしておったが、パンと両手をたたくと
「そうだ、いい考えがある。おらあの手の跡を証拠においていこう。」
 そういうと、すぐあしもとにある大きな石に、ぴたんと手をあてた。するとなんと、石に深々と夕立っ様の手跡がついた。
「それじゃあ、これでおらあ、空にかえらせてもらいます。」
 そういって、剛力に頭を一つ、ていねいにさげると、みるみる間に空高くのぼっていった。
 それ以来、どれだけ夕立っ様がなっても、音だけで、青野村にはけっして雷は落ちてこなくなったということだ。
 青野上の田んぼの中にある、雷石とよばれている大きな石がそれだ。雨にさらされ、風にふかれて、手あともすこしばかりうすくなった。
 近いうちに、阿木川ダム工事で、水の底に沈んでしまう。せっかくの夕立っ様の証拠品だから、流されることもなく、ダムの底でどっしり座りこんでいてくれるだろう。

文・三戸  律子
絵・大橋 寿美代

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