すりこぎかくしのだんご



 むかしむかし、阿木のおじいさんと小さい娘が、ふたりっきりですんでおった。おじいさんは若い頃、はやり病で、左の足首から先がごっそり、くさっておちてしまった。その足は、まるですりこぎのようであったから、村の衆は「すりこぎの足のじいさま」と呼んでおった。ほうして「業病だで、うるつぞよ。」と言いあっておったもので、おじいさんと娘は、人里離れた山の中で、ひっそりとくらすことになった。
 おじいさんは不自由な足で段々畑を耕やし、豆だの、菜っぱだのをつくっておった。
ところが、山の段々畑は日当りが悪くて、恵那山からふきおりる風は、年がら年中、冷たい。その冷たい風に首をすくめて、畑の作物はなかなか大きくならんだった。娘は、「あーあ、おら、はようでこうなって、すりこぎ足のじいやんの手助けをしてやりたいもんだ。」と思っておった。
 暮れもおしつまった二十一日。娘は、おじいさんと、わずかに畑に残った青物をぬいておった。暗うなった空からは、ちらちら、粉雪がまっておった。
「じいやん、今年もお正月さんは、ちゃんとござるやろか。」
 娘が心配そうに言うと、おじいさんは、
「お正月なんぞ、どうせんでもござるで、おんしが心配するこたありゃあせん。」
と言い言いしたが、娘は今年はことのほか、畑の作物のできが悪かったことをよう知っておった。「食うもんがおもうよういなきゃ、せめて、おてんとさまなと、照っとくれんかのう。」娘は、空見上げてが、ごみつぶのような雪が休みなくほとほとと降り続くばかりであった。
「じ、い、や、ん、」
 娘はおじいさんを呼んだが、どうしたわけだかその声がかすれて、体がどーっとあつくなってきた。そしてひやひやっと冷たくなったかと思うと、わずかに降りつもった雪の上に、よろりと倒れてしまった。おじいさんは、
「んー……。」

とふりかえると、あわててすりこぎ足をふんばり、背中に娘をおしあげた。ようやく草ぶきの家にころげこんで、おじいさんは娘をふとんに寝せた。娘の顔をのぞきこんだおじいさんは、たまげた。何年か前、まだおじいさんが若かった頃、同じようなはんてんが顔一面にでき、やがてポツリポツリと体中にひろがった、と思ったら、足の先がしびれ、ほどなく足首から先が落ちてしまつた。あのときと同じはんてんが……おらとおんなじすりこぎ足に……どうしてこんなことになったかのう。……おじいさんは熱にうなされて、ふうふう、あらい息をしている娘の顔を見ながら、ひとりごとを言った。(なんぞ精のつくもんを食べさせないと、病に負けてしまう。)
 おじいさんは家の中を見まわしたが、ほうれん草と大根が、わずかばかりあるだけであった。おじいさんは村へおりていって、どこぞで米をわけてもらおうと思った。早速村へおりていって、二、三軒戸口をたたいてみたが、どの家でもおじいさんのすりこぎ足を見て、ことわられた。おじいさんはどうしても娘に、あったかいおじやを食べさせてやりたいと思った。
「すれば、おいらのようなすりこぎ足にならないですむだろうに……、そうだ、庄屋様の広い田んぼの中じゃ、まんだ落穂があるやしれん、行ってみよう、」
 おじいさんは、ちらちら、雪の降る中を、庄屋様の田んぼへ急いだ。
「うう、さぶ、この世に仏様があるんなら、田んぼで雪かき分けて落穂をひろうおらのために、どうぞ雪がやむようにお願いしたいものだ。」
 おじいさんがつぶやくと、その願いが通じたものか、雪がやんだ。おじいさんは大喜びで、田んぼに落ちている落穂をひろった。落穂は、おもいのほかたくさんあった。両手に落穂をかかえて家まで帰ったおじいさんは、早速あったかいおじやをたいて、娘の口に入れてやった。
「じいやんも、食べられ。」
「おんしが、たんと食べれ。たんと食べりゃ、熱がさがるで。」
 おじいさんは、おいしそうに食べる娘を見て、目を細めた。
 次の朝早う、ドーン、ドーンと戸をたたく音で、おじいさんは目がさめた。
「おいおい、庄屋様の田んぼをあらしたのは、お前だな。かくしてもだちかん。ちゃんと田んぼの中に、すりこぎ足のあとが残っておった。それが、動かぬ証拠だ。庄屋様のお屋敷まで出ませい。」
 庄屋様のお使いは、大きな声でのべると、すりこぎ足のおじいさんをひったてて山をおりていった。娘は、泣き泣きあとを追ったが、じき、お使いにひったてられたおじいさんの姿は見えなくなった。それっきり、娘の姿を見たものはない。すりこぎ足のおじいさんがどうなったのか。村の人は誰もしらない。
 阿木の人達は、それ以来、暮れの二十一日になると、すりこぎかくしのだんごをつくるようになった。
「あのとき、雪がどんどと降って、すりこぎ足のじいやんの足あとを消してくれていたら、こんなことにゃあ、ならなんだものを。」
 そう言いながら、まるいおだんごのまん中に、ひとさし指で穴をあけるという。

文・三戸 律子
絵・吉村 茂夫

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