へびにのまれた薬売り

 瀬戸から坂下へ抜ける瀬戸街道に、とてもやさしい顔をしたお地蔵さんがたっている。足もとには、清水がわいていて、いぼにつけるといぼがとれるといわれている。
 このお地蔵さんは、「岩清水の地蔵」とも「横吹地蔵」「横引地蔵」ともよばれている。

 日がかんかんと照りつけるまっぴるまのこと、富山の薬売りは、薬箱をせおって汗をふきふき、街道を歩いていた。
「あつうてかなわん、どこぞでひと休みしたいものだ。」
 富山の薬売りは、あたりをみまわした。ちょうどよいことに、大きな杉の木があって、その下がひかげになっていた。
「やれやれ。」
 薬売りは薬箱をおろすと、ちょろちょろ、わきだしている清水で顔と手をあらった。そうして冷やした手拭いをおでこにのせると、薬箱をまくらのかわりにして、ころんと横になった。やがて薬売りはくたびれたのか、とろとろまどろんだ。
 しばらくして薬売りは、息ぐるしくなって目がさめた。いつのまにやら、日はとっぷりと暮れていた。
「おりょ、しまった、寝すぎたぞ。こんなところで、夜あかしはできん。」
 富山の薬売りはあわてておきあがると、薬箱をさがした。まっくらな中で薬箱をさがしさがししておると、ようやく手のさきに薬箱がさわった。薬売りは喜んで箱をせおうと、まっくらな中をいさんで歩きだした。とたんに、とんと壁につきあたってしまった。
「これはこれは、寝ているあいだに谷そこへでもおちたとみえるわ。」
 薬売りは、その壁をよじのぼろうと足をかけてみた。なんだかぬるぬるして、なまぐさいにおいがするが、いっこうに足はかからない。薬売りは、だんだん息ぐるしくなって、壁をあっちにさわりこっちにさわりした。壁とおもったのは大蛇のはらの中であった。
 大蛇は清水をのみにきて、ぐっすりねこんでいる薬売りをみつけた。
「これはいいあんばいに、ごちそうがころがっておる。さっそくいただくとしようか。」
 大蛇はちょうどはらがすいておったもので、パクリとひとくちで富山の薬売りと薬箱をのみこんだのであった。
「はようここからでんと、体がとけてしまうぞよ。」
 薬売りは、なんとか大蛇のはらの中から、ぬけだしたいものだとおもった。が、なかなかいいかんがえがうかばない。富山の薬売りは、くらやみでくびをひねって思案した。するうち、ひょいといいかんがえがうかんだ。
「そうだ、これにかぎるわい。」
 薬売りは、あわててせなかの薬箱をおろすと、中をさぐってみた。そうしてありったけのくだし薬を手にすると、大蛇のはらの中におもいっきり、ばらまいた。やがて、大蛇ははらがいとうなって、トッテン、パッタン体をくねらせた。大蛇のくるしみは、しだいにひどくなって、石をはねとばし、木をなぎたおし、あたりかまわずのたうちまわった。

 富山の薬売りは、薬箱をしっかりかかえて、蛇のはらの中でじっとうずくまっていた。大蛇はもだえ、そのうち、こらえきれなくなって、汚物といっしょに、スッペラポンのポーンと富山の薬売りを体のそとにはねだした。
 薬売りはやれたすかった!!とほっとしたが、大蛇はくるしんで、くるしんで犬帰りまでたどりついた。そうして、道にながながとのびておった。
 そこをとうりかかったのが、春木おろしのわかもので、道にのびておる大蛇をみて
「おんしは大蛇か、丸太かや、おれはこれから山へいってくる。帰りにまんだここにころがっておりゃ、よきでたたっきるぞ。」
といった。わかものが山からの帰りにみると、まんだ大蛇が丸太んぼうのようにころがっておるもんで、
「さっきのやくそくどうり、たたききってくれる。」
といって、よきで大蛇をきって、木曽川へなげこんだ。
 大蛇のたたりをおそれてたてられたのが、岩清水のお地蔵さんだといわれている。

文・三戸  律子
絵・大橋 寿美代

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