家を追われた嫁さん

      −安子穴の由来−

 むかし、嫁にきて、三年間の間に子どもができぬときは、家を追い出されたものだ。
 安子という娘は、気だてのよい娘だった。嫁に行っても。夫をだいじにするし、しゅうとめ(夫の母)のいう事はよくきくし、朝早くから夜おそくまで、よく働くし、村一番のよい嫁だといわれていた。
 それが、どうしたことか、三年たっても、子どもができない。
 夫も、しゅうとめも、困ってしまった。
「あんないい嫁を、追い出しとうない。」
と、しゅうとめがいえば、夫は
「よい嫁じゃ。おっかさん、安子を、このまゝ置いておくわけにはいかんもんか。そのうちに、子どもも、できるかも知れん。」
と頼んだ。
「ばかこくでない。わしだって。追い出しとうないことは、わかっておろうが。でも、世間がゆるさんで…。」
 しゅうとめの目も悲しそうだった。
 とうとう、三年が過ぎて、安子は、家を出なければならなくなった。
 夫は、安子をよんで、
「おれは、今でもお前を好いとる。お前がこの家を出たとて、行くところのないことも知っとる。だけど、世間がゆるさんで、かんべんしてくれ。」
 安子はかねて覚悟していたことなので、こっくりとうなずいた。
 夫としゅうとめはたくさんの金や、たべものを与えた。
 さすがに別れはつらいもの、ぐずぐずしていて昼ごろになってしまった。安子は、何度も、何度も、家を振り返り、泣きながら家をはなれていった。
 行くあてもないので、夜は、道ばたのお堂でねた、朝早くおきると、また、とぼとぼと歩いた。家が遠くなるのがつらくて、ゆっくり歩いた。
 村はずれにくると、一人のおばあさんに出合った。
「ありゃ、安子でねえか。やっぱり、追い出されたか。」
 安子は、うなずいた。
「かわいそうなこった。今日は、ゆっくり、わしんとこで休んで行くがよい。」
というので、誘われるまゝ、昼までいた。
 すると、おばあさんが、
「村のはずれに付知川がある。その川を、少し上ったところに、お不動さまがある。お不動さまを、拝みなされ。毎日拝めば、願いがかなえられるかも知れん。そばに、ほら穴がある。そこに住めばよい。」
と、教えてくれた。安子は、そこに住み、毎日、お不動さまを拝んでくらすことになった。
 村人たちは、安子の話を聞くと、かわいそうに思って、食べ物を運んだり、なぐさめに来たりした。
 幾日か過ぎるうちに、安子は、だんだん居づらくなってきた。お不動さまが願いをきいてくれないと、村人たちにすまないという気持ちが、強くなってきた。
 明日は、ここを出よう。今日は、こゝを出ようと思ううち、何となく、すっぱいものが、たべたくなってきた。
 安子が、おばあさんに話すと
「それは、めでたい。お不動さまが、願いを、かなえてくださったのじゃ。」
というと、村じゅうに知らせた。
 夫もしゅうとめもかけつけて、安子は、無事に、家へ帰ることができた。
 それから、安子は、子どもを生んで、一家が楽しくくらしたそうな。
 安子の住んでいたほら穴を、村人は、安子穴とよんで、今も、お不動さまにお参りする人が多いそうだ。

文・三宅 正幸
絵・藤原  梵

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