火あぶりせんどさん



 むかしむかし、中津川から阿木、岩村へゆくには、今の根の上高原の峠を越えていったものだ。 ある年のある日、せんどさんという馬方が、中津川の町で、日用雑貨や魚などを仕入れ、馬の背に積んで、この峠にさしかかると、道ばたに腰をおろして休んでいた、一人の美しい娘が呼びかけた。
 娘は、
「日も暮れようとしているのに、足をいためてなんぎをしています。申しわけないことですが、馬の背にのせていってもらえないでしょうか。」
と頼むのである。せんどさんは、
「それはお困りじゃ。」
と、親切にのせてやった。
 娘をのせてしばらくゆくと、道は急な坂になった。
(馬の背の娘さんは、大丈夫かな。)
と思って、せんどさんがふりかえってみると、どうだろう。驚いたことに、娘の姿はおろか、仕入れてきた魚や油揚など、みんななくなっているではないか。
「さては、娘はきつねだったのか、またやられたか。」
と、くやしがった。 
こんなことが、二回も三回もあったので、さすがの親切者のせんどさんも、くやしいやら腹だたしいやらで、今度こそひっ捕えて、こらしめてやろうと思った。
 それから幾日かたったある日、いつものようにせんどさんが、中津川で品物を仕入れて、この峠にさしかかった。すると、美しい娘が道ばたに休んでいる。
(出たぞ、出たぞ、きつねの化けた娘に違いない。今度こそは、だまされないぞ。)
と、せんどさんが思いながらゆくと、例のように娘は、馬の背にのせてくれという。せんどさんは心よく承知して、娘を馬の背にのせながら、
「今日は、馬のきげんがわるい。坂道で暴れるかも知れない。娘さんが落ちるといけないからのー。」
と言って、用意してきた荒縄で、娘をぐるぐる巻きにして馬にしばりつけた。
 体をぐるぐる巻きにされ、馬にしっかりしばりつけられたからたまらない。馬の歩くたびにぎゅっぎゅっとしめつけられて、息もできないほど苦しい。娘はついに正体をあらわし、きつねの姿になってしまった。
 家に帰ったせんどさんは、きつねを馬屋の柱にしばりつけ、後でゆっくり火あぶりにしてくれんと、酒をのみのみながめていた。せんどの女房は、せんどさん以上にやさしい人だったから、
「かわいそうだから、逃してやったら。」
と話しかけたが、いっこうにききいれそうにない。そのうちせんどさんは、疲れと酔いで眠ってしまった。女房は、
(主人がねている今のうちに。)
ということで、馬屋の柱にしばりつけられて、しょんぼりしているきつねの縄をといて、逃してやった。きつねは喜んで、コンコン鳴きながら山の方へ走っていった。
 それからというものは、きつねは物をとらなくなったばかりか、せんどさんがいつものように峠にさしかかると、美しい娘になって、
「火あぶりせんどさん今、お帰りか。」
といっては、出迎えるようになったということだ。

文・原  哲子
絵・加藤 公雄

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