取手の藤吉



 むかしむかし、駒場の石屋坂の近くに、取手の藤吉というきつねがおったそうだ。夜になると、石屋坂に出てきて、通る人をたぶらかしては面白がっていた。
 このあたりは、人家もなく竹薮がつづいて、昼間でもうす暗いようなところだった。ある日、この石屋坂のはずれに住んでいたあんまさんが、中津の町で仕事を終って帰ってきた。もう日ぐれどきで、石屋坂は暗くなっていた。が、いつも通いなれた道であるし、目の見えないあんまさんにとっては、夜の道と言っても特別気になるものでもない。いつものようにぼつぼつと歩いて、坂の中ほどまでくると、突然、娘さんらしい人の声がした。
(はて、この時間にこんなところで誰だろう。)
と思って立ちどまると、声の主が近くによってきて、
「実は、私の主人が肩がこって困るのでお前さんを呼んでくるように、と言っています。おそくて申しわけありませんが、私の家まできてくれませんか。」
と言う。あんまさんは、

(こんなところで、こんな時に、どこのどなただろう。)
と思ったが、
(まあ、少しの時間ならいいだろう。)
と、声の主に手を引かれついていった。
 一方こちら、あんまさんの家では、いつもより帰りがおそいあんまさんに、何かあったのではないかと気にしながら待っていた。が、あまりにおそいので心配になり迎えに出てきた。石屋坂までくると、これはどうしたことだ。あんまさんは、竹薮の中にある馬頭観音の肩を一生けんめいにもんでいるのだ。
 家の人は驚いて、
「おいおい、何をしているんだ。お前さんのもんでいるのは馬頭観音様だぞ。」
と呼びかけると、ようやく我にかえったあんまさんは、
「どうりで、いくらもんでもやわらかくならんと思った。」
と言ったそうだ。
 これを聞いた村の人たちは、
「いくらなんでも、目の見えないあんまさんを、かどわかすとは、取手の藤吉もひどいきつねだ。」
と言いあって用心したそうだ。

文・原  哲子 
絵・大橋 寿美代

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