三匹のきつね



 むかしむかし、美濃の国中津川の宿に三匹のきつねがおった。その一匹は、駒場の宿はずれ小出ノ木のもとに住み、小出ノ木小次郎といった。もう一匹は、本陣の近くにある西生寺の大きな銀杏の木のもとの洞穴に住む銀杏のお夏。そしてもう一匹は、前山の麓の方導寺の榎の木のもとに住みついた方導寺鈍二兵衛である。
 この三匹のきつね、どれも負けずおとらずの化け上手の上に大そういたずら好きでもあった。
 小出ノ木小次郎と銀杏のお夏は、いつも中津川の川原で落ち合っては、道行く人を化かして人々を困らせた。しかし、小出ノ木小次郎のお小姓姿は、若い娘も、百姓家のおかみさんも、人目でぽーっとなってしまうほどの艶姿であった。銀杏のお夏の腰元風の娘も、色白くうりざね顔のほんに品のよい姿で、仕事帰りに屋台で一杯きゅっとひっかけたほろよいかげんの男たちは簡単にひっかかってしまって、化かされて気が付いた時などは、わが身のあわれさに次の日は仕事にも出かけず寝込んでしまうほどであった。方導寺の鈍二兵衛は、これまた八尺もあろう大入道に化け、こん棒をかざしてあばれまわり中村や実戸の人々を困らせた。
 村人たちは、あまりのきつねたちのいたずらにたまりかね、一つこらしめてやろうではないか、ということでみんなで集って相談をした。
 小出ノ木小次郎を中津川の川原に呼び出し、
「どうじゃ、お前と化けくらべをしようではないか。」
 小次郎は、これはおもしろいとばかり、
「おうおう、いくらでも相手になってやる。」
という。
「それじゃあ、もしお前が負けたら小出ノ木を出て行け。おれが負けたらお前の大好物の油揚げを毎日やるわい。」
ということで、中津川をはさんで人間ときつねの化し合いとなった。
「一つ、若衆!」
 審判の声が川を渡って行った。
「なんじゃ、こんなやさしいもん、人間どもはやっぱりたわけじゃわい。」
「一つ、腰元!」
「なんじゃ、なんじゃ、お夏とおなじやないか。」
「一つ、大入道!」
「なんじゃこんなもん、体ばっかし大きい、あのばかったれの鈍二兵衛と同じにされてたまるか。もっとおもしろいものは出んのか。」
 小次郎はぼやきぼやき化けた。
「一つ、おかめ!」
「一つ、ひょっとこ!」
「あれっ?ええっと、ひょっとこ、って、どんなつらしてたかなあ。」
 見れば対岸ではもう人間がひょっとこに化けている。
「あれあれっ?人間はうまく化けるし、早いんだなあ。」
 小次郎はだんだんあわて出した。あわてればあわてるほどうまく化けられない。
「なにやっとるー、早く化けんか!」
 審判が大声でどなる。
「一つ、鬼!」
「りゃりゃりゃりゃ、おに?おらあ鬼なんて見たことない。」
「さあ、降参したか。」
 すると小次郎は、さっと身をかわし、
「化かし合いは、だまし合いだ。」
と、身も軽々とあちらへとび、こちらへとんで、とてもつかまらない。
 逃げまわっているものの小次郎は、どうして人間があんなに化けるのがうまいのか不思議でならない。
「お前たちは、どうしてそんなに化けるのがうまいのだ。」
「知りたいか。」
「うん。」
「教えてやろうか。」
 小次郎はとがった口元を振ってうなずいた。
「よし、その秘密は、この袋の中に入っておる。」
「その袋?」
 大きな木綿袋の中に何か入っている。
「見てもいいか。」
「どうぞ、どうぞ。」
 小次郎はおそるおそる村人のひろげている大袋のそばへ寄って来て中をのぞき込んだ。その時である、村人の一人がのぞき込む小次郎の尻を持ち上げ袋の中へねじ込んでしまった。小次郎は不意をつかれ、袋の中であばれるのあばれるの。 「どうじゃ、まいったか。」
「まいった、まいった。」
「もう悪いことはしないか。」
「もう人を化かしたりしません。」
「小出ノ木を出て行くか。」
「はい、すぐ出て行きます。」
 小出ノ木を出て行くことになった小次郎が、ぽろぽろ涙を流すのを見て、村人たちは餞にきつねの好物の油揚げの入ったうどんを食べさせてやろうとした。が、小次郎はなかなか食べようとしない。
「どうしたのだ、きらいなのか。」
 みんながかわるがわる小次郎の顔をのぞき込むと、
「もう、めん類はこりごり。」
といって逃げて行ってしまった。人間が化けたと見せかけたのは、お面をとりかえたのである。

小出ノ木を追われた小次郎と、銀杏のお夏と、方導寺の鈍二兵衛の三匹、いつとはなく西生寺の庭に集まるようになった。毎晩のように歌ったり踊ったりでそれはもうひどいものであった。庭に散った銀杏を大きなしっぽでけ散らしたり、大事な松の木に爪あとをつけたりするので朝になるとまるで嵐の後ほどお寺の庭は荒されてしまうのである。その噂が宿場中に広がって行った。信心深い年寄たちはおこって、それからは油揚げのお供もしなくなってしまった。

 三匹のきつね、ぷりぷりおこって、どうにかして人間どもに一泡ふかしてやらねば気がおさまらない。
「中津川の宿に疫病をはやらせて、やつらを苦しめてやろう。」
ということになった。その夜から三匹は、西生寺の銀杏の木のまわりを狂ったように歌い踊りつゞけた。
   前山見れば    真暗じゃ   
   中津川の水に   えやみを流しゃ
   あっという間に  死人も出よう 
   大そうどうの   コンコンチキ 
   こんちきしょうの サイサイジョ 
 それから一週間もしないのに中仙道筋の町並から奇怪な熱病がはやり出した。その熱病にかかった人は大変な苦しみようで、熱にうなされながら四つんばいになってはいずりまわった。
「これは何かの祟りにちがいない、病気の神様、裸武兵を連れて来い。」
ということで駒場の津島神社の絵馬堂に大の字になって寝ていた裸武兵を頼んで来て病人の家をまわってもらった。裸武兵が男の病人と一つ寝床に入り、女の病人とは一つ茶わんの水を分け合って飲むとたちまち病気は直ってしまった。人びとはそのご利益に大よろこび。一方、三匹のきつねは西芳寺の大銀杏の洞穴で、
「裸武兵はこわいよ、こわいよ。」
と、小さくなって震えていた。
それからというもの、小出ノ木小次郎の小姓姿も、美しい銀杏のお夏の娘姿も、方導寺鈍二兵衛の大入道も見なくなった、ということだ。

文・加藤 千満子
絵・加藤  公雄

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