ねんぶつ井戸



 今でもそうやが、二軒屋のへんは、昔から、水のないところや。
 飲み水もほしいし、田んぼの水もほしい。
 それで、この話が できたんやろうと思うよ。

 ねんぶつ井戸の話や。
 水がないので 困りはてて、なんとかせにゃならんが どうしたもんやろと、村の者が そうだんしとるところへ、一人のぼうさまが、通りかかった。
「村のしゅう、なんのそうだんじゃ。」
と きかっせるので、水がないで困っとるというと、ぼうさまは、ぐるりっとまわりを見わたしてから、そのへんを歩きまわらしたと。
 そいで つえをとんとついて、村の者に、ここをほってみっさいといって、てんでは(自分は)ねんぶつをとなえらした。
 村の者は、こんなとこ水のでるわけがない と思ったけど、ねんぶつをきいとるうちに、なんやしらんが 引きこまれて、一人ほり二人ほり、そのうちにみんなでほったそうや。
 そやったら、ふしぎなことに 一間(約一メートル八○センチメートル)ぐらいのところで、水がしみ出してきて、村の者が それそれっとほったら、うつくしい清水が、どんどこわき出してきたと。
 いい井戸ができて ありがたいこっちゃ、ぼうさまに、お礼をいわんならんと思って、見たら、もう どっこにもおらっせやへん。
 こりゃ きっと、弘法大師さまにちがいない と村の者は思ったそうや。
 ねんぶつ井戸は、ずっと水がきれたことがない。

文・河尻 海一
絵・吉村 茂夫

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