妖刀むかぜ丸



 むかしむかしの話やがなも、坂本の在に竹をつくってくらしをたてておる男がおった。ひとやまずっぱり竹をうえて、よう手入れをしてりっぱな竹やぶにしておった。とりわけ黒竹がたんとあった。まだらもようのある美しい竹じゃ。ふしめがすっきりとおって、なんとも性のいい竹じゃった。その黒竹で矢をつくると、それはいいものができたで、よう売れて、男の家ははんじょうしておった。
 さて、そのことを聞き知ったのが、木曽川をはさんでむこうがわの、苗木の城の殿さまよ。どうでもその竹がほしうなった。そこでさっそく使いを立てたのじゃ。
 使いの者は男の家へやってきて言ったと。
「苗木のお城では弓矢のくんれんが盛んじゃが、矢を作るよい竹がない。お前の家の黒竹のことを殿さまがお聞きになられて、どうでもわけてもらえとのたってのご所望。どうじゃ、わけてはくれぬか。」
 男はたいそうよろこんで、
「はい、はい、おやすいことでございます。お殿さまのたってのご所望とあれば、わが家にとってもほまれ。さっそく切ってさしあげましょう。」
 そう言うと竹やぶへ入って、ぎょうさん黒竹を切って苗木の殿さまにさしあげたのじゃ。
 その竹の性のよいことは天下逸品よ。殿さまはおおきによろこびなされて、男をわざわざ苗木の城までよんでごっつおうをふるまわれた。そのうえごほうびじゃというて「むかぜ丸」という名刀をおさずけくだされた。
 男は刀をおしいただいて、うちょうてんでうちへ帰ってきた。家宝ができたっていうわけよ。
 さてこの名刀むかぜ丸、「ぬけば玉ちるこおりのやいば」といいたいところだが、なんと、さやからぬきはなつと紫色のあやしい光とともに、千びき万びきのむかぜがうようようようよはんで出てくるという恐ろしい刀。なんやしらん気味の悪い妖しい刀だから「妖刀むかぜ丸」と呼ばれるようになった。

 その刀を床の間にかざっておくようになってから、ふしぎなことばかりが起こった。男が家におるときはなにごともないが、男がお伊勢まいりだの、遠い親戚の嫁もらいだのに出かけて留守になると、まるでそのときを待っておったかのようにおかしなことが起こる。
 元気にとびまわって遊んどった子が池にはまっておぼれたり、はたけで働いとったじいさまが腹痛起してしゃがみこんだり、ま夜なかに子供が熱を出いて何やらわめきながら走り出したりと、それはもういやなことばかりつづいた、家の人たちは困ってしまったのよ。
 これは家になにかのたたりがあるにちがいない。
 考えたあげく、どうしてもむかぜ丸のしわざとしか思えん。家のものはみんな気味悪がってな、
「むかぜ丸をどこかへやっておくれ。」
といって、男にくどいたんじゃ。
 男はざんねんでたまらなかった。けんど、むかぜがはんででる妖刀のうわさは尾ひれがついてかいわいへひろがってな、気味悪がってだんだん人が寄りつかなくなったもんで、もうしかたがないとあきらめて、どこかべつのところへうつすことにした。
「さて、どこがええかな。」と思案したすえに、人が近づかんところがええというので「くらがに谷」にかくすことにした。くらがに谷はすごく岩壁がびょうぶのように木曽川べりにそそり立っとるとこじゃ。
 男は目がくらむような岩壁を、なわにすがってそろりそろりとはいずりおりた。そうして岩のわれめの暗いほらあなの中に、むかぜ丸をかくしまつることにした。
 こうして一年に一回ずつ、そこまでおりていっては刀のむしぼしをして、たいせつにおまつりしておった。
 それがどうしたことか、まもなく男がころんと死んでしまったもんで、みんなしてむかぜ丸をさがしにいったのよ。
 くらがに谷へおりていって、ほらあなの中をみんなでさがしたが、いくらさがいしても見つからなんだ。今もどこにあるかわからん。
 いつのころか三尺(一メートル)もある大むかぜがうねうねと体をくねらせて木曽川をおよぎくだっていったことがあるので、きっとあれが妖刀むかぜ丸の化身だったにちがいないと、今に語りつがれておるのじゃよ。

文・桑田 靖之
絵・吉村 茂夫

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