兼好法師塚

 『徒然草』の作者として知られる吉田兼好は『吉野拾遺物語』(1358年成立)によると、兼好法師は人里離れたここ湯舟沢の地に庵を結んだ。しかしながら、国守(役人)が多くの家来を従えて狩をする様子に失望し、この地を去った。江戸時代になって、この地を訪れた尾州の役人や地元の人たちによって供養の墓が建てられ、毎年4月には、供養祭が営まれている。