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富士見台とその周辺
富士見台とは

富士見台高原

富士見台山頂
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富士見台は岐阜県中津川市と長野県下伊那郡阿智村の境界、中央アルプス山上に位置する。その位置は、中央アルプス(別名木曽山脈)の南の主峰恵那山(2,191m)から北に走るその稜線上にある。中央アルプスは断層山脈でその一方は木曽谷を、また他方は伊那谷となり、その断層上が木曽山脈となる。木曽山脈には南端に主峰恵那山が、その山頂から稜線が北に伸び、鳥越峠・神坂峠と続き、その延長上に富士見台がある。富士見台は標高1,600〜1,700m強級のゆるやかに起伏する高原で、面積は約1,000haにおよび、高原一面は熊笹で覆われている。高原からの眺望はすばらしく、東には南アルプスが、北には北アルプスの連峰や御嶽山が、西にははるか伊吹の山並み、遠く濃尾平野を望むことができる景勝地である。戦後、長野県は県立公園の制度を設け、富士見台は昭和26年11月22日「中央アルプス県立公園・富士見台」として、長野県の中央アルプス県立公園に包含指定された。

ささゆり
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富士見台はゆるやかな起伏に富む高原が、その北端は南沢山(1,564m)に、南沢高原で右に道をとれば信濃路自然遊歩道伊那谷ル−トに続き清内路村に達す。一方左手に道をとれば中津川市神坂・馬籠にいたる。中津川市に至る道は現在一部道路が決壊し通行は不能である。神坂峠から南澤山麓まではゆるやかな高原状で、その間通称富士見台が1,723mと最高で、他はせいぜい平均1,600m級前後でなだらかな高原が続く。この広漠な高原は一面が熊笹に覆われており樹木がない。所々には奇妙な形をした枯れた古木が点々と立つ姿は風雪の厳しさを思わせる。そんな熊笹の間に可憐な笹百合を愛でるのも山の疲れを癒してくれる。
富士見台の地質−濃飛流紋岩
恵那山・富士見台・南沢山付近を構成する岩石は、堆積岩である流紋岩質の溶結凝灰岩であることが判り、一般に濃飛流紋岩と呼ばれている。火山岩や軽石が堆積し、高熱のため溶結してできた岩石である。
その岩も地域によりそれぞれ特色をもっている。恵那山は石英・長石の径3〜5mmの大斑晶が岩石の半ば以上を占める多斑晶質、優白色、珪長質の白石と呼ばれる溶結凝灰岩である。富士見台では恵那山とは多少異なり、黒雲母や角閃石などの有色鉱物を多く含んでいるので「青石」などとも呼ばれている。斑晶は径2〜3mmの小粒でしかも少量、軽石や石質岩片を含んでいる。神坂峠から富士見台山頂部にかけみられ、富士見台北方約1,300mの地点の海抜1,320mの地点で実施された日本道路公団恵那山トンネル調査ボ−リング資料によると、地表から約300mの深さまでは富士見台溶結凝灰岩であり、それより620mまでは恵那山溶結凝灰岩で、いずれも強い熱変成作用をうけている(『阿智村誌』)。
富士見台の命名

頂上付近の祭神碑
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富士見台の名称は、伊那側から生まれた考えられる。信濃では富士山の眺望がきくため各地に富士講が盛んである。木曽谷や美濃側には白山や御嶽山信仰は多いが、富士信仰は少ない。富士見台の名の由来は、幕末から明治にかけて下伊那地方に広い信仰をうえつけた「実行教会」にある。この教会は古くからあった富士講の流れを汲む団体で、富士山を礼拝した。かつて富士講の行者が山伏姿でここに登り、修練道場として富士山を遥拝したことから「山伏岳」と呼ばれていたが、実行教会員もここを「神坂峠の北の山伏岳の富士遥拝所」と呼んでたので、あまり長すぎるので原九右衛門が「富士見台」と名付けたといわれている。現在中腹の岩には富士浅間神社の本体である「木花咲耶姫」・「天の御中主神」を刻名した碑が祭られている(『阿智村誌』)。この碑裏面には神坂村の人々の名も見られる。この富士見台は阿智・神坂両村の人々によって祭られてきたものと考えられる。
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