「うなぎ」

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「 うなぎ 」
 昭和三十二年、戦後混乱期がやっと納まりかけた頃、中津川旅館組合がいち早く恵那峡下りの舟遊びを復活させた。私もある夏の日に、手漕ぎの笹舟に乗り、艪の音に耳を傾け、雄壮で且つ繊細な周囲の風物を眺めて楽しんでいた。そこへ一人、漁師が近づき、三尺あまりもある大鰻を差しいれてくれた。やれ有難いと喜んだが舟中の事とて道具もなく悪戦苦闘してようやく開き、素焼きにしてから、すき焼風に料理してみたが、鰻と野菜の相性の良さを初めて発見し、大いに驚いたものである。今は笹舟がジェット船に替わり鰻を取る人も亦少なくなってしまった。時代は木曽川の流れよりも早く、あわただしく流れていく。私にとって、あの日の木曽川鰻との出会いは生涯忘れることが出来ない思い出となった。

  • うなぎ食ふ ことを思へり 雲白く     稲垣晩童