「夏菓子」

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「 夏菓子 」
 竹羊かん…戦前の子供の小使い銭は、日に一銭であった。当時は町内毎に一文菓子屋があり子供たちに小さな夢を打っていた。夏になると青々とした竹羊かんを水に放って冷やし、一銭を握った子供の歓心を買っていた。備えつけの錐で竹の底に穴を開けると、中から水羊かんが、つるりと出て来て冷たい感触が青竹の臭いと共に喉を通ってゆく。懐かしい郷愁の味である。
 心太(トコロテン)…トコロテングサを原料にしたトコロテン料理は、古く奈良時代から食べていたと云う。そのトコロテンに私には一つの思い出がある。学徒動員で行っていた瑞浪の軍需工場で終戦のラジオを聴いての帰りに、駅前の飲食店に寄った。売る食べ物の皆無の時代に、なぜか心太だけが自由に食べられたのが今でも不思議に思われる。
 皆黙々と食べた。口惜しさと、空しさと、そして皆どこかにほっとした安堵の気持ちを交錯させて、一本箸で掻込んだ心天の、あのツンと鼻の奥を刺激する甘酸っぱい味と頼りない箸ざわりは、酷暑の八月になると胸の片隅が思い出させてくれる。
 竹羊かんと心太、中味を考えれば夏の料理素材として面白い。