「柚餅子」

18yubesi.gif

「 柚餅子 」
 私の家の近くに、激しい恋の末、親の反対を押し切って飯田からお嫁に来たおばあさんがいた。この人は遠い昔の在所の生活を偲んで、飯田伝来のいろいろな菓子や料理を上手に作っては近所を訪ね、自分の昔話と一緒にお末分(スソワ)けをして歩くのを楽しみにしていた。糀味噌に胡瓜、茄子、人参などをいれ、歯当たりを考えて麻の実を加えて仕上げた「舐め味噌」とか、生り納めの親指程の小茄子や、庭先の花梨の実などを根気に煮込んで砂糖にまぶした野菜菓子など、気易さの中にも相応の風情があって楽しいものであった。柚餅子も亦、おばあさんの自慢の一つである。十一月に入ると毎年決まって私に竹の皮と柚二十ヶほどを用意させ、米粉、味噌、砂糖と混ぜ合せ、棒状にして竹皮にに包み、蒸し上げるのである。
 秋の夜長に、熱い番茶を両手で囲みながら、又、地酒の熱燗で杯を傾けながら、薄く切った柚餅子を奥歯で噛むと、柚子の香りと味噌の味だけが程良く口中に拡がり、現代のグルメ時代にはない、かつての故郷の素直な味わいがあって心が和んでくる。
 あのおばあさんも今はもう亡い。竹皮に包んだ柚餅子は、私にとって遠い思い出となった。