「あまごそば」

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「あまごそば」
 あまごや岩魚は大変敏感な魚で、釣人は姿を見せる事は勿論、咳をする事も、鼻をすする事も厳禁とされている。「水鼻が出たら、そっと指でぬぐって木の枝に塗り付けよ」と云われている程である。そんな神経質で姿美しく谷川の貴族のようなあまごを、釣って直ぐ軽く焼いてから干魚として保存しておき、じっくりと煮込んで今年の年越しそばに乗せてみた。あまごそばである。
 その蕎麦は木曽信濃が名高い。今でも木曽路をゆくと猫の額程の山畑に、真白い花を敷きつめた様な蕎麦が、僅かではあるがまだ見られる。「そばの花の頃に蕎麦を食べるな」という。当然、端境期であって、獲りたて、挽き立てが味の身上である蕎麦にとって一番古い実であり不味い時である。もう少し辛抱しよう。
『蕎麦白く薬味は青く、入れものは赤いせいろに黄なる黒もじ』、上松宿越前屋の蕎麦を十返舎一九は、この様に五色にうたっている。いかにも一九らしい洒落気である。
 蕎麦とあまご、いづれも木曽のイメージ。偲んで耽って年を越す。