おとめやぶ

 むかし、若者の家のうらに、ひとにぎりのやぶがあった。小石がごろごろして、小さな木や草が、ひょろひょろ生えているだけの、まずしい土地だった。
 若者のおじいさんが、
「あのやぶを、だいじにせにゃいかんぞ。家族のものが、どんな薬でも治らぬ病気のとき、あのやぶで黒い蛇をさがすことだ。」
 そういって、死んでいった。
 それから、幾年かたった。若者は、妹と二人、せまい土地だが、平和に百姓をしてくらしていた。
 ところがある日、お城のお姫さまが、重い病気で、どんな薬でもなおらぬ、といううわさが、若者のところにつたわってきた。
 お姫さまといえば、若者は、たった一度だけ、見たことがある。
 若者の妹と同じぐらいの年で、かわいらしく、眼がとても美しかった。そのときから、若者は、お姫さまときくと、何となく心が暖かくなり、働いていても希望のようなものがあった。
 もし、お姫さまが、死んでしまったらと思うと、若者は、じっとしておれない気持ちであった。
 お城では、花村瑞軒という医者が夜も寝ずに、お姫さまの看病したが、
「もう、こうなっては、何でもやって見ることです。国中のめずらしいものを集めてください。」
と、殿様に申し出た。
 殿様も、わが子の生命をたすけるためには、何でもやってみようと思っていたので、さっそく、国じゅうに命令を出した。
 冬には珍しいひき蛙だといって持ってくるもの、大むかしのつぼのかけらを持ってくるもの。人もめったに行けない山奥の黒い百合の花、大波が、いつもぶつかる海岸の、岩に住んでいる鳥の卵など。
 けれども、お姫さまの病気は、治らない。
 若者は、とうとう、我慢できなくて、妹に相談した。
「あのやぶの黒い蛇をさしあげてはどうだろう。」
 妹も、やさしい心の持ち主だから、
「お兄さんが、そうしたいのなら、そうするといいわ。お姫さまが死ねば、お殿さまも、国じゅうのみんなも、悲しむから。」
 若者と妹は、一日がかりで、黒い蛇をさがし、お城へ持っていった。
さっそく、花村瑞軒が、黒い蛇を黒焼きにしてお姫さまに飲ませると、たちまち、ききめがあらわれ、お姫さまは、けろりとなおってしまった。
 殿さまはやぶの話をきくと、
「これは、国の宝だ。だれも入らないように。」
と、命令した。それから、村人たちは、おとめやぶと呼ぶようになった。
 ところが、しばらくして、こんどは、若者の妹が重い病にかかった。どんな薬もきかない。若者は、お役人に願い出た。
「だめだ、だめだ。たとえお前の持ち物でも、今は、お国のものだ。」
 そこで、若者は、何としても妹の病いをなおすため、おとめやぶへ入って黒い蛇を見つけてきた。
 妹の病気は、すぐ治ったが、訴える人があって、若者は役人につかまってしまった。
 死刑になるところを、お姫さまの命乞いで、生命だけは助けられたが、国を追い出され、行方知れずになった。
 それ以来、おとめやぶへ入ったものはない。

文・三宅 正幸
絵・高橋 錦子

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