よく巷では「そばは三たてに限る。」と申します。いわゆる「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」のことですが、この中で鵜呑みにできないのが「打ちたて」の言い伝え。ここにもう一つ古くからの口伝えに「包丁下は茹でてはならない」というのがあるのです。これは『包丁下』という打っても間もないホカホカのそばは茹でるのに適さないという意味ですが、一般的には三十分ほど経ったそばがいいようです。この違いは生地に含まれる空気の量によって生まれます。そばを打つ前には生地を練りますが、この際に空気が含まれてしまうため打った直後のそばは空気を多く含み、鍋に入れた時にうまく沈んでくれないのです。これではただ湯の上で漂うだけで、そばの半分はまだ生のままです。だから、ほぼ三十分程経ったそばが空気が抜けて程よく沈みそしてうまく湯の対流の流れにのって回転し上手に茹で上がるのです。これを「蕎麦の三かえり」といって、そばが沈んで浮いてという動きを三回繰り返せば茹で上がり、といった口伝えがあるくらいです。その逆に打って一日以上経ったそばは、今度は重くなり過ぎてなかなか浮いてこないのです。そばを茹でるのに肝要なことは、ゆっくりと沈み、ゆっくりと浮いてくること、これにはまずそばに含まれる空気の量が第一のポイントと言えるのです。